ホーム » ブラジル文化 » ブラジルの宗教観や片親疎外論が女性や少女を苦しめる!?フェミサイド指数は世界トップクラス

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、ブラジルは世界で最も高いフェミサイド指数を持つ国の一つとして伝えました。フェミサイドとは、女性または少女を標的にした殺人です。2017年のブラジル全国調査で、少女を含めた約1/3の女性が、前年に脅迫から殺人未遂に至るまで、暴力に晒されたと回答しています。さらに、2021年のブラジル犯罪統計では、10 分に1人の女性が強姦され、フェミサイドに至っては7時間に1人の割合で事件が起こっている事が明らかになりました。しかも、これ、一般家庭のみならず、社会的に容認されているような節があるようで、女性に対する犯罪には不処罰となる事が多いそうだ。報告されていない犯罪も多い為、実際の発生率はもっと高いと予測される。

女性の役割や権利をブラジルの歴史と宗教から紐解く

women's face

ブラジルは、16世紀にポルトガルに植民地にされて以来、圧倒的にカトリック教徒が多い。プロテスタントを含めると、人口の約90%になる。カトリックは性別の役割について唱えており、「夫を家長として、妻は夫に従属する」としていた為、ブラジルは昔から父親が家の中で絶対権力を持っていた。1916年のブラジルの旧民法では、女性に法的な地位は無い。妻の財産を管理するのも、家族を代表するのも、子供の親権者も父親のみで、親権は「父権」という言葉がありました。時代が進むにつれて、女性の権利は改善され始め、1988年には男女平等という新憲法をもとに、1990年の親権は父母が平等に行うとされている。(ブラジルの親権制度についてはコチラの記事に詳しく書いています:国際離婚は親権制度で揉める!連れ去りが多い訳。共同親権ってどんな感じ?ついに日本も法改正へ

また、女性の権利である「妊娠、出産、中絶」については、宗教観は大変重要だ。カトリック教と保守派プロテスタントは、中絶は罪とみなし禁止している。ブラジルでは、カトリック教が多数派の為、法律もまた中絶は犯罪となるようだ。しかし、ブラジルでは犯罪統計でもわかるように、強姦が非常に多い国。望まない妊娠や、若過ぎる妊娠も多く、中絶を希望する者もいる。強姦や母親の命を救う為の中絶は合法になっているのだが、宗教観から家族や国家・民間機関から中絶に反対されてしまう女性・少女も多いようだ。

国家機関から反対され中絶処置が遅れた実際のニュースがある。以前、2022年にブラジルの判事が、強姦された11歳の少女の中絶を阻止しようと試みたことがネットメディアで公開され、話題となった。妊娠発覚時は既に妊娠22週目になっており、病院側が中絶を拒否し、訴訟になった事件だ。少女はまだ幼く、出産には命の危険も高い。ところが、裁判官は、中絶を希望する少女に「もう少し(妊娠に)耐えてくれませんか?」「赤ちゃんの名前を決めたいですか?」「赤ちゃんの父親は赤ちゃんを養子に出す事を許可していますか?」などと声をかけ、さらに少女を保護施設に送った。保護施設に入ると中絶が認められても、中絶手術ができないそうだ。この裁判官が少女を説得する様子はビデオにとられ、ネットメディアで公開され、大きな問題となった。結局、少女はシェルターの退去が許可され、中絶できたそうだ。この事件もブラジルでは氷山の一角の出来事だろうと伺える。

片親疎外論が女性と少女の差別につながる

mother and a girl are shopping together

2022年、国連の専門家らは、ブラジルの女性や少女に対する暴力を終わらせる事と、「片親疎外法」とそれに類似する概念の撤廃を、ブラジルの去年発足した新政府(ルーラ政権)に求めていた。さて…、日本人は「片親疎外論とは何だろう?」と、ほとんどの人が思うかもしれない。

OHCHRの記事によると、「片親疎外」やその概念は親権争いにおいて、女性と少女に対する差別につながる可能性があると伝えている。

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そもそも「片親疎外」とは何か

片親疎外論とは、一方の親(主に同居親)が子供を洗脳して、子供は虐待された事実はないのに「自分は虐待されている」と誤って信じ、もう一方の親に敵視を抱くようにさせ、片親(主に別居親)を非難させる理論です。

この理論に付随して下記のような言葉がよく出てきます。意味を整理しておきます。

片親疎外論に付随して出てくる言葉

片親疎外 (PA) : 親による疎外で親が行う行動を示す

片親疎外症候群 (PAS) : 片親疎外の被害者となった子供の中に存在する心理状態

ブラジルでは、2010年にこの概念を取り入れ、親や祖父母による片親疎外を禁止しました。親権争いにおいて、頻繁に片親疎外論が使われます。実際に、ブラジルの家庭裁判所が片親疎外を認める件数も増加傾向にあるようです。

なぜ、国連がこの概念を撤廃するように求めているかというと、例えば、虐待などの正当な理由から子供が父親を拒絶しているのにも関わらず、父親は「母親が子供を洗脳したんだ!」と片親疎外論を持ち出し、母親や子供にペナルティを課す事ができます。その為、国連は、暴力や虐待で告発された父親が、母親に反撃する為の手段として使われると警告しているのです。

片親疎外論は誰が考えたのか

この理論はニューヨークの精神科医兼精神分析医である、リチャード・ガードナー博士によって考え出されました。(正式名には、リチャード・アラン・ガードナー)

ガードナーは有給で雇われる専門証人で、400件以上の子供の監護事件でキャリアを積みました。彼は性的虐待で告発された父親の代理として証言する事が多かったようです。

ガードナーは片親疎外論を持ち出し、虐待容疑で告発された親の下に子供を置き、治療するように裁判所に進めました。「重度」と判断されると、子供達の洗脳を解く為に、「脅迫療法」が必要だと主張しました。

この「脅迫治療」は、「子供の権利と福祉」とは両立しない強引なやり方で、子供を拘束し、対象の子供と絆の深い大人(主に同居親)を拒否するように圧力をかける治療法です。

ガードナーは、しばしば過激な発言をしていたようです。1990年、彼は、「小児愛者が人類の生存に利益をもたらすと主張」して、多くの非難をあびました。さらに、2001年にはドキュメンタリーの中でガードナーが性的虐待を報告した子供に母親がどのように反応すればいいかジャーナリストに語った言葉が衝撃的です。以下はSNSで紹介している引用と訳です。

これは、片親疎外の創始者であるリチャード・ガードナー氏(科学的データではなく、彼の臨床観察に基づいた誤りが暴かれた理論です)が、子供が虐待されたと告げた場合に母親が子供にどのように対応すべきかを説明しているビデオです。

「私はあなたの言うことを信じません。そんなことを言ったら殴るつもりです。二度とお父さんのことをそんなふうに言わないでください。」 – リチャード・ガードナー (暴かれた親疎外理論の「創始者」) が、良き母親が子供に虐待されたことを告げた場合に何と言うべきかについて語った。(引用: 下記SNSより)

訳:google翻訳

これを良き母親のモデルとして国が主導して国民に教えてしまったら、子供は誰に助けを求めればいいのか路頭に迷いそうですね。

筆者は、このガードナーの言葉から、以前、ブラジルで13歳の少女が実父の子を妊娠し、出産後に帰らぬ人となったと言う2019年のニュースを思い出しました。

9歳の頃から父親に性的虐待を受け続け、怖い言葉で脅され、家族には黙っていたそうだが、妊娠して隠しきれなくなり、母親に打ち明けたそうなのです。しかし、娘の主張を、母は全く信じることはなかった。彼女の親戚が代わって通報し、警察が調査を初め、少女は出産したが、出産後の急な体調の悪化で帰らぬ人となってしまった。父親は逃亡。その1週間後に逮捕された。

ここで母親が娘の主張を退けた言葉は、公開されていないが、ガードナーの語った良き母の反応のモデルとして伝えたこの言葉がしっくりきてしまい、恐ろしい…。

しかも「片親疎外法」のあるブラジルで、ここで、娘を父親と引き離し、会わせないようにしたならば、「片親疎外」で訴えられ、母親や子供が罰則を受ける可能性すらある…ゾッとしてしまいます。

次にメンタルヘルスの専門家達の間では、どのようにこの理論を捉えているのか見ていきます。

メンタルヘルス(精神保健)専門家達の考え

conference

ほとんどのメンタルヘルスの専門家は「片親疎外論」をジャンクサイエンス(疑似科学)と否定しています。片親疎外症候群は精神疾患として認められていません。

アメリカ精神医学会は、診断マニュアルであるDSM-Vに片親疎外症候群を入れる事を拒否しています。また、世界保健機関WHOは、法廷証拠基準を満たしていないとして、全国少年評議会及び家庭裁判所判事からも「片親疎外症候群」は排除されました。

そして、国連人事理事会は、2023年5月に特別報告書を発表。片親疎外論を「擬似概念」と非難し加盟国に対し、家庭裁判所でこの理論の使用を禁止するように勧告した。

この報告書では、ブラジルやスペインは暴力を受けたと告発する女性は退けられ、逆に法的機関に処罰させられる事が挙げられており、その概念適用が増加している事が書かれている。監護訴訟では、母親や子供自身が虐待や性的虐待を告発したケースでも、過去の暴力や虐待は免責になる傾向があった。

片親疎外で告発されるのは圧倒的に女性が多く、ブラジルでは女性が66%であったのに対し、男性は17%であった。また、男性は女性よりも根拠のない非難が多い傾向があるようだ。評価する側の専門家や裁判所、また元パートナーによって、母親は妄想的で復讐に駆られていると描写され、連絡を取るのを避けようとする女性を悪意のある妨害とみなしがちで、とても差別的と明記されていました。

アメリカの非営利・独立系の報道機関、プロパブリカのネット記事で、ニュージャージー州の公認心理学者が、この理論の女性への描写について述べている。「この理論は、ユダヤ・キリスト教社会における女性に対する認識に大きく関係している。ガードナー理論のオリジナルの解釈では、母親は、ヒステリック、辛辣、不合理に描かれていた。」また、「もし一度、母親が子供をプログラミングしたと信じれば、もう、(洗脳されたとされる)子供が何を言っているかは問題ではなくなり、(洗脳したとされる)母親も信用できなくなる」と伝えている。

片親疎外のビジネス化。症候群の高額な治療プログラム

money is on the judge table

一方で、少数の専門家は片親疎外を受け入れ、その理論を支持している。彼らの中には、「誤った性的虐待事件を止めたい」という志の人もいるのかもしれないが、多くの支持派の専門家の背景には金が関係していそうだ。プロパブリカの調査によると、片親疎外症候群の治療プログラムは4日の治療介入に$15,000ドル($1=1円なら150万円)以上の費用がかかる場合があるとの事。これは裁判所の命令で行われる。さらに、治療継続を促す専門家は多い。

片親疎外症候群は正式に認められていないなので、規制も資格も必要なく、“片親疎外の専門家”と自身で宣言する事ができてしまう。裁判所がいつも同じ専門家を指名していたり、同じ専門家が「診断と治療」をセットで行うことが多いようだ。その為、専門家の中には、”立場を利用して金儲けする者“や”政治的な意図がある”と疑われる人もいる。この点、国連の報告書では、「専門家にとっては、間違いなく儲かるビジネス」というように書かれている。

まとめ

前回の記事で、共同親権について調べていたら、「片親疎外論」というのにぶちあたり、よくよく調べて見ると、とても奥深いジェンダーに関する問題と関係しておりました。ブラジルは世界から見てもかなり高い割合で、女性や少女が被害にあっています。その背景には、歴史や宗教観に基づいた女性の役割、片親疎外法やその概念からくる女性への固定観念が存在し、被害にあった女性や少女達の声を抑制してしまっているように感じました。

参考文献

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