Goldfish in a bowl jumping in the sea. This is a 3d render illustration

1973年に起こったオイルショックで原油価格が高騰し、日本も大きな打撃をうけた出来事を覚えているでしょうか。日本でも物価価格が上がり、トイレットペーパーや洗剤の買い占めが起きました。

ブラジルはその後に起こる、第2次オイルショックの影響を大きくうけ、財政難に陥りました。

1987年にはブラジル貿易収支は赤字に転落。ブラジル政府は対外責務の支払いを一時停止する宣言「モラトリアム宣言」を出した事から、ブラジルは国際的信用を失ってしまいます。インフレ率が500%に迫り、経済が混乱へと突き進んでいく中、ブラジルはどうやってこの経済危機を脱出していったのだろうか。

前回の記事: 首都ブラジリア建設から軍事独裁政治とブラジルの奇跡

止まらないインフレに対抗するコロル計画の失敗

Photo of Retro Brazilian bills
ブラジルの昔の通貨 – クルゼイロ

1988年から1989年頃、ブラジルはハイパーインフレーション状態となり、一ヶ月で物価がほぼ2倍になっていた。この破壊的なインフレに対抗する為、1990年大統領に就任したコロルは、「コロル計画」として、国民の貯金を18ヶ月間凍結(貯金封鎖)した。国民が自身の貯金を自由に引き出せなくしてしまったのである。そして、通貨の切り替えが行われ、「クルザード」は「クルゼイロ」になった。

貯金の凍結と共に、物価と賃金の凍結や政府予算削減、増税という大胆な対策に出たが、いずれもインフレの高騰と、失業の増大を招いて失敗に終わり、さらにコロル大統領の身内や、側近による汚職事件が明るみになり、コロルは大統領を辞める事になった。

なんで、国が経済難になると国民の貯金を凍結するの?

この措置は「没収」と呼ばれていてね、政府が国民の資産を銀行に集めて、生活費以外は引き出しできないように制限をかけて、貯金額によって高い税金をかけたりして、国が国民の財産をとってしまうんだ。インフラによって過剰に出回ったお金を没収してるんだよ。

インフレ率は2000%超えに!経済政策をカルドーゾに託す

フェルナンド・エンリケ・カルドーゾ
画像元:Agência Brasil, CC BY 3.0 BR, via Wikimedia Commons

政治の腐敗とコロル計画の失敗で経済危機に直面したブラジル。この状況で次のブラジル大統領に就任したのは副大統領だったフランコだった。フランコは1993年に財務大臣にカルドーゾを任命する。カルドーゾは軍政下時代に軍事政権に反対側の姿勢で亡命を余儀なくされた人物で、サンパウロ大学の社会学教授として国際的な知名度があった事から、前期のコロル政権では外務大臣をしていた。そんなカルドーゾが財務大臣に就任した時には、インフレ率は2489%にまで上がっていた。

1986年のサルネイ政権期の「クルザード計画」から1993年のカルドーゾが財務大臣に就任する前までに、通貨の価値を1000分の1に切り下げるデノミネーションは3回も行わなわれており、計算するとこの7年間で通貨の価値は10億分の1に下落した事になるのだ。

この頃のブラジルは、お店は毎日、値札の書き換えに追われて、企業は固定資産の評価替えをしなければいけなかったんだ。物価上昇に伴って賃金も上がるけど、インフレに追いつかなくて、人々の生活は苦しく、強盗、横領、殺人など治安が悪化したんだ。

新通貨レアルが誕生

通過レアル – 現在(2022年)も使用されている

財務大臣カルドーゾはブラジルのハイパーインフレに対応する為に、チームを形成した。彼らは、クルザード計画の失敗の原因を分析し、従来行ってきた物価や賃金の凍結などといった強制的手段をとらず、新たに「レアル計画」を立て、この新しい計画を事前に国民にしっかり説明し、国民へ協力を呼びかけた。

そして、1994年2月から通貨のクルゼイロと併用する形で、「実質価値表示単位(URV)」を創設した。「URV」をドルに連動させて、1URV=1ドルを維持し、物価はクルゼイロとURVを並べて表記される。URVとクルゼイロの関係は毎日訂正され、為替レートと物価はほぼ等しい率で変動するが、URVでの価格は変わらないので、URVのインフレ率はゼロに保たれる事になる。

こうして、URVが経済全体に広まった段階で1994年7月、クルゼイロを新通貨レアルに交換する事になった。1レアルは=1ドルに固定され、クルゼイロとの交換比率を1レアル=2750クルゼイロとするデノミネーションが行われた。

1995年にはインフレ率が22%にまでに落ち着き、ようやく、ブラジル国家は長年のインフレによる悪循環から抜け出す事ができた。また、このレアル計画の時期は世界が好況期を迎えており、為替レートを固定する為に必要な外貨がカルドーゾの高金利政策により確保できた事と、農作に恵まれ物価が安定した事も「レアル計画成功」につながったといえる。

ブラジル経済の基盤を固めたカルドーゾ

国民にしっかりと説明し、国民からの協力を得て、経済を安定に導いたカルドーゾは政府の信頼を回復させた。レアル計画成功の勢いに乗り、1995年、カルドーゾはブラジル大統領に就任した。

ブラジルのインフレを抑え込み、人々の人気を集めたカルドーゾはブラジル大統領を2期(8年間)務める事になる。彼はブラジル大統領に就任すると、財政赤字を立て直すために、不要な国家支出を見直し、経済改革を積極的に推し進めた。無責任な公的支出の措置として「財政責任法」を制定し、経済活性化の為、非効率な赤字経営を続ける公営企業の民営化を進めた。通信・電話事業公社、鉄鋼輸出業、航空機製造会社など、次々に民営化し、売却金は財政赤字に当てられた。

2期目就任後の1999年に世界経済の景気後退が始まり、投資家はブラジルから資金を引きあげた事により、ブラジル中央銀行の外資準備金が激減した。その結果、1レアル=1ドルの固定相場制を保持できなくなり、ブラジル中央銀行は変動為替相場制への移行を余儀なくされた。

為替相場(1レアル=1ドル)を維持するために政府や中央銀行などが、通貨間の売買を行って、相場変動を調節していたけど、その為には外貨がたくさん必要で、十分な外貨が無くなってしまった為に、これができなくなってしまったんだね。

レアル価は暴落し、利子が高くなり生産は低下、伴って失業が増加し、不況になるという負の連鎖を引き起こしたが、国際通貨基金から融資を受け、金融危機を乗り切ることができた。結果、1998年に0%だった経済成長は徐々に回復をみせ始め、2000年には4.3%を記録した。

社会学者だったカルドーゾは、自身の理論を展開しており、先進国の投資を利用して国内の経済発展を図った。新自由主義を手に入れて、ブラジル経済発展の道筋をつけ、次期大統領に繋げた。

また、カルドーゾの行った教育政策はブラジル人の就学率、識字率を著しく上昇させた。世界で最も顕著だとされるブラジルの格差社会、貧困問題で教育の重要性や必要性が叫ばれており、カルドーゾは貧困家庭の子供達に奨学金を支給する制度を設け、さらに教育全体のレベルアップを図った。

ここ20年間でブラジルでは犯罪が目立ち大きな社会問題となっていたんだ。しかも、警察の腐敗も広がっており、警察が犯罪に関与していたりする事もあったんだ。カルドーゾは治安回復にも努めてもいたけど、リオデジャネイロなど大都市での成果はあまり現れなかった。

極貧の農民の息子ルーラ大統領

ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ
画像元: Ricardo Stuckert/Presidência da República, CC BY 3.0 BR, via Wikimedia Commons

カルドーゾの次に大統領になるのが、労働者党から立候補したルーラだ。このルーラの大統領の就任には大きな反響を呼んだ。

ルーラは最も貧困とされる地域の北東部ペルナンブーコ州生まれで極貧農民の息子だった。小学校すら卒業しておらず、父親を頼り田舎から大都市のサンパウロに移住した。職を転々とし、金属工場に努め、のちに労働組合の指導者として才能を表した。

100年前、有権者数が国民全体のわずか2%に過ぎなかった極端に不平等な旧共和政時代を経て、21世紀初頭で、極貧層出身のルーラがブラジルの権力の座に就いた。彼は、社会改革と雇用の増大を実現してくれる国民の期待の星であり、それはまさに民衆が送り出した新共和政の大統領といえる。ルーラの大統領就任は、民主主義の勝利であり、ブラジルに民主主義が定着したことを意味した。

ルーラ政権期のブラジル経済

Aerial view of Avenida Paulista (Paulista avenue) in Sao Paulo city, Brazil
パウリスタ通り – サンパウロ, ブラジル

労働者党のルーラは左派であったが、カルドーゾ政権のインフレ抑制と経済安定化の政策を受け継いで、右寄りにするなど柔軟に対応し、財政の健全化に努めた。コロルやカルドーゾが進めてきた経済政策が効果を表しはじめ、さらに、ルーラ就任3年後の2006年にはリオデジャネイロで大規模な油田が発見され、原油の自給が可能となった。その結果、翌年の2007年には海外にある借金よりも資産が多くなり、ブラジルは借金から抜け出し純債権国となる。また国内総生産は世界第10位へと上昇した。

貧困層を助けるルーラ

Shacks in the favela, Illegal and fragile constructions, neighborhood in Sao Paulo, brazil.
スラム街 – サンパウロ近郊, ブラジル

先ほどにも書いたが、ブラジルでは格差、貧困が大きな問題となっていた。所得格差を示す指標のジニ係数をご存知だろうか。0〜1で表され、完全な所得分配ができている「平等」とされる場合は0、一世帯が所得を独占しているとされる「不平等」は1となる。0.4からは「格差がきつい状況」にあり、0.5以上は「暴動が起こりやすいレベル」とされている。ブラジルのジニ係数は0.566で、高い傾向にあり、これが犯罪や社会暴動などの治安悪化に繋がっている。

この深刻な貧困対策にルーラは低所得家庭に児童を通学させる事を条件とし、現金を支給する制度を設けた。最低賃金も引き上げられて、ルーラは人々から圧倒的な支持を得た。

労働者や貧困層から求められるルーラ

次期大統領選挙が迫っている中、ルーラ政権内部で汚職事件が発生した。側近らが逮捕され、ルーラ政権は大きなダメージを受けたが、ルーラは再び大統領となった。彼は労働者党から距離を置き、都市中産階級から支持を獲得し、さらにルーラ政権で恩恵を受けていた貧困層、特に北東部の1200万の家族の支持を獲得する事ができた。人々は汚職事件よりも、ルーラを必要とし、大統領選挙勝利へ導いた。

Aerial view of Christ the Redeemer and Rio de Janeiro city, Brazil
リオデジャネイロ, ブラジル

ルーラ政権2期目に入って、2008年にリーマンショックが起き、一時的に経済成長率は下がったが、その後、回復を見せ順調に成長を遂げて、その影響もあり所得格差も縮小し始め中間層が著しく増加した。また、ルーラの外交とブラジルの経済成長の存在感から2007年に2014年のサッカーワールドカップの開催国に決まり、2009年に2016年夏季オリンピック開催地にリオデジャネイロが選ばれた。

ルーラは8年間もの間、大統領だったわけだけど、国民からの支持が厚く、その支持率は83%もあったんだ。

まさにカリスマ的な大統領だったんだね。

2011年はブラジル初、女性大統領が誕生

Foto Oficial Presidenta Dilma Rousseff.  Foto: Roberto Stuckert Filho.
ジルマ・ヴァナ・ルセフ
画像元: Palácio do Planalto,
Attribution, via Wikimedia Commons

ブラジルでは3期継続して大統領に就任できない。そのためルーラは、ルーラと同じ労働者党からジルマ・ヴァナ・ルセフを次期大統領候補とし、彼女は見事選挙で勝利した。ルセフはルーラ政権期で官房長官を務めており、ルーラの信頼する人物であった。彼女が選出され、ブラジルに初の女性大統領が誕生する事になった。

国民の不満が大規模な抗議へと発展

2013年6月の抗議

ルセフはルーラが進めてきた福祉政策を継続した。しかし、2013年に交通機関の値上げをきっかけにして、ブラジル抗議運動が勃発した。また、デモ参加者に対する警察による暴力行為や政治の汚職、翌年迎えるサッカーワールドカップに予算を超える巨額の投資をしていた事など、国民の不満が高まっていく。抗議は各地に拡大を続けおよそ20年ぶりともいえる大規模な抗議へと広まってしまった。

その後の大統領選挙で再選を果たすも、2015年、与党である労働者党の政治家達が不当に資金を得ていたと政府の汚職疑惑で大規模なデモが発生した。2016年、ルセフは大統領を辞めざる得なくなった。

ちなみに、前期大統領のルーラもこの汚職に関わっていて、その後、逮捕されたんだよ。でも2021年、その有罪判決が取り消しになったんだ。

え?取り消しなんて、なんかちょっと不思議。

ブラジルはそういう事がある国なんだよね…。彼はは2022年の大統領選挙にまた立候補する可能性があって話題になっているよ。

そして現在の大統領へ

(Brasília - DF, 24/04/2019) Pronunciamento do Presidente da República, Jair Bolsonaro..Foto: Isac Nóbrega/PR
大統領演説でのジャイール・ボルソナロ(ブラジリア、連邦直轄区、2019年4月24日)
画像元 :Isac Nóbrega/PR, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

ルセフ大統領の後、残りの任期を副大統領が政権を継いで、2019年から現在までジャイール・ボルソナロがブラジル大統領になっている。彼はブラジルの暗黒時代と言われている軍事独裁政権を支持しており、時折、過激な発言が目立って、「ブラジルのトランプ」などと呼ばれる程です。最近では、コロナを軽視した発言や行動が物議を起こしていました。

2022年、ロイターニュースによると、10月に迫る大統領選では、ルーラ元大統領とボルソナロ大統領が選挙戦を繰り広げることが予想されているようです。ボルソナロ政権は新型コロナウイルスの流行で経済的に大変難しい時期に直面したと思いますし、色々な物議があったとはいえ、この時期はどの大統領でも支持率は下がったのではと思ってしまいます。天然資源に恵まれ、未開発の土地も多いブラジルですから、今後のブラジルの将来に期待です。

〈参考文献〉